top of page

いわた お城旅 (静岡県磐田市)

 

 

サッカーやラグビーのジュビロ磐田の本拠地として全国に知られる磐田市へ行ってきました。

磐田市には、遠江国の国府が置かれましたので、史跡は多いです。

鎌倉時代に入って国府は守護所となり、室町時代には要塞化されて「見付城」となりました。

戦火で見付城が使えなくなると、その南側に「見付端城」が築かれました。

後に「幻の上野端城」や「城之崎城」も築かれています。

また、「幻の岩井砦」や、「大日堂古戦場」「一言坂古戦場」もあります。

(2015年9月訪問)

1.大見寺
2.大見寺の土塁

国府は巨大で、見付の東半分が国衙(国府の建物)だと考えていいです。その一角(南西隅)に見付城が建てられ、その南側に見付端城が建てられました。

大見寺の山門(上の写真)の左側の「大見寺の文化財」という案内板に見付端城の説明と縄張り図があります。

この縄張り図に「二之丸」とある部分が見付城になります。

大見寺には、見付端城の土塁が残っています。

築城時には高さが5mあったといいますが、現在では、最も高い所で3mくらいかな?

3.城山球場
4.福王寺

磐田には、徳川家康が遠江国の居城として築いていた城之崎城があります。(織田信長の意見により、遠江国での居城は浜松城に変更。)

城之崎城の本丸は磐田城山球場、その北の二之丸は城山中学校となり、その北の上ノ山に城之崎城の前身の上野端城がありました。

安倍晴明ファンにはおなじみの風祭山福王寺ですが、その石垣の丸石が、城之崎城で使われる予定っだ石を貰い受けた物だとご存知の方は少ないようです。

磐田市へ行った観光客が必ず寄る旧見付学校ですが、その石垣の丸石が、掛川市の横須賀城で使わていた天竜川の川原石であることをご存知の方は少ないようです

 

5.見付学校

詳細なレポートはブログ「戦国少女」にあります!

http://blog.livedoor.jp/sengokugirls/

 

 

 

bottom of page