遠江井伊氏を巡る旅
遠江井伊氏とは、井伊氏のうち、初代共保から第24代直政までをいいます。
今回の旅は、井伊共保の父親・藤原共資の居城・志津城に始まり、井伊氏菩提寺・龍潭寺で終了です。
(2015年11月訪問)
1.志津城
2.出生の井戸
通説では、藤原共資は、990年に遠江国司として赴任し、任期終了後は村櫛町の御山(城山)の山麓に居館、山頂に志津城(新津城、村櫛城)を建て、井伊谷(引佐町井伊谷・神宮寺町)の土豪(井伊荘の荘司として赴任していた三宅氏とも)の娘と結婚して土着したという。
共資のご遺体は山頂に埋められ、現在、山頂の日蓮堂の裏に供養碑(上の写真)が建てられている。
井伊氏初代共保は、藤原共資の実の息子ではなく、井戸端に捨てられていた子を拾って養子にしたとも云われる。
井伊氏の家紋は丸に橘で、旗紋は井桁である。井桁は、捨てられていた井戸の象徴とも、水の国・渭井郷の象徴とも云われる。橘は、その捨て子が枝を手にしていたからとも、井戸端に橘の木があったからとも云う。
3.井伊谷城
4.井伊氏居館
井伊氏の本城は三岳山にある三岳城である。
井伊谷にある城山は、山頂に物見台があっただけだと思われるが、宗良親王をお迎えするにあたり、山頂の御所之丸や山麓の二宮御所などが整備されたという。築城中、宗良親王は、奥山の奥山氏(井伊氏庶子家)のもとにいたという。
井伊谷城は、近くの坂田砦同様、山麓に城があった。
本丸が井伊氏居館、二之丸は現在、公民館がある場所で、三之丸は、江戸時代のこの地の領主である井伊谷近藤氏(「五近藤」の1つ)の陣屋となった。
5.妙雲寺
6.渓雲寺
還俗して「井伊直虎」(※)という男性名を名乗り、井伊家存亡の危機を救った祐圓尼の菩提寺である。
※NHK2017年大河ドラマ「おんな城主 直虎」のヒロイン。
戦国時代の井伊家のゴッドファーザー・井伊直平の菩提寺である。玉泉庵の奥寺である。
玉泉庵は、福満寺(上野氏(渋川井伊氏)祈願所)と
共に焼失した。井伊直虎寄進の鐘は渓雲寺に移されたが、太平洋戦争の金属供出により、現在は鐘楼跡のみが残る。
7.龍潭寺
井伊家の菩提寺である龍潭寺は、南北朝時代に八幡宮を八幡山の山麓の渭井神社に合祀して、その跡地に建てた井伊谷城の南の守りの砦だったという。
上の写真は、「子育て地蔵」(虎松(後の井伊直政)無事成長の祈願仏)と虎松や井伊家の安泰を願って植えられたご神木のナギである。